昭和、平成時代の河川管理現場で体験したこと

見聞きしたこと、考えたこと、出来なかったことを伝えたい

樋門,樋管の設計、管理(樋門が閉まらず浸水した理由)

  洪水時や高潮が来た際には、施設の管理者は樋門、水門のゲートを閉めることで浸水を防ぐ仕組みが始動します。

 いざの時に備えて、毎年出水期を控えた時期には、ゲート操作の練習、点検をするのが通例です。 しかし実際の操作を必要とする機会はなかなか訪れず、いざ閉鎖するとなった時にはめったにないことなのでうまくゆかないことも間々あるのです。

 

新設した樋門を操作しようとしたが、閉鎖動作ができなかった私の体験

 竣工したての樋門が閉鎖動作ができなかった話です。 操作できないという知らせを受けて,事務所の設計発注担当部署の責任係長として、現場に出向きました。

 マニュアルに従い、スイッチを入れると、ゲートが降下してゆきましたが、一定の高さに達すると下降しません。 川の水位がどんどん上がるので、早く閉めなくてはならないと慌てふためきました。 自動操作には問題ないことがわかりました。 

 そのうちに原因がわかりました。 扉体に設置した「水密のためのPゴム」がまくれあがった摩擦力が増えた結果、樋門の自重では下降押し込み力が不足したために生じたものと分かりました。 

 操作が遅れて外水位が上昇すると、水圧で樋門に押し付けらるためにゲートが自重では締まらないケースが結構あるのです。

 この事故の教訓です。

 水門のゲートに要求する水密の程度は、少々水が漏れても問題がないものです。 水密の要求制度に注意を払わず、完全水密にしてしまった私の誤りでした。 水密の程度は低くして、ゲートが確実に締まるような、少しは水漏れが内側から確認できるゲート構造にするべきだと今でも思っています。

 

 ゲートが締まらず浸水した、思いがけない複合原因

 私は、樋門のゲートが閉まらず、浸水した事例の原因を調査したことがあります。   

 全国では、同様の事故があっても、本省には報告は上がってこないケースもあります。 報告が上がってこなければ、再発防止のための原因を解消するためのに「技術基準」の改訂に反映することにはなりません。 

 九州の大野川で、平成2年7月2日に発生した樋管のゲートが閉まらなくて浸水被害が大きくなった事故を調査して、多くの教訓を得たことがあ る。私が治水課の課長補佐時代で、施工や管理技術の担当であった時のこと、事故の情報があり、社団法人ダム・堰施設技術協会の丸本二郎さんに調査をお願いすると快諾していただきました。 

 調査の結果は多くの教訓を得られました。この調査結果はなんといくつもの問題点が看過されていることがわかって、技術基準改定に繋げました。 

 ① 樋管のゲートが閉まらなかった直接の原因は、操作開始時間が遅れたため、外水位が堤内地のすでに流れ込んでいた状態にあり、すでに流水が流れ込んでいたので浮力が発生し、ゲートの自重に勝っていたため閉めることが出来なかった。 そのゲートは、ロープで吊り下げる構造で自重によりゲートが閉まる設計であった。

 ② 出動が遅れたのは、担当者が行うルール通りの出動連絡に時間がかかった。少ない人数で各所に連絡する仕組みなので、この時点の体制で適切な連絡をしたとしても、今回のような時間にしか連絡できなかったことが確認できた)連絡方法の改善が必要であることが分かった。 今であれば、開閉の自動化を考えるのであろうか。

 ③ ローラゲートのローラーが回転しなかった痕跡があった。 毎年出水期前には全国的に操作点検が行われているが、多くのケースで水圧がかからない状態で上げ下げ(水圧の負荷がない状態で)していたのでローラの回転具合を点検していないことが想像された。 点検のしにくさにも問題が発見された。 それは地震対策としてのゲートの振動防止対策として、北上川の水門が地震の揺れで損傷したことを受けて、「触れ止め」を設置するよう通達を出し、設置を促した経緯がある。 その後私もいくつかローラゲートを見たが、「振れ止め」の構造がローラの点検を困難にしている状況もあることがわかった。 

 ④ 想定設計水深差の取り方に改善の余地があることがわかった。 設計外力には、ゲートの設計水深と操作水深の両方があるが、ここの場合、ゲートの設計水位は内外水位差を5m(9.676m~4.65m)、操作水深差を1mに取っていた。 HWLは13.276mとあるので、どちらもかなり危険側の設定であることがわかる。 しかし、設計当時の考え方はこの程度が一般的であったか どうかについては、私はチェックしていない。 この時も、ゲートは壊れていないので、この時の実負荷にはクリアしたといえるが、HWL水位には対応していないことに気づかされた。 また、実負荷でいえば、堤防天端まで河川水位が上昇する可能性があることにも気が付いた。 この経験はその後基準を見直し、HWLをゲート設計水位とするよう改正したと記憶しているが、どのような設計法でどのような水位差を対象にすべきかなどを勉強したいと思いながら、いまだ果たさないでいる。 この件で一番改良が必要と思われるものは、操作水位差は1mでは少なすぎるということと、自重で下がる大きさのゲート寸法を、それぞれの管理者はあらかじめ知る必要があり、自重で降りない構造の場合は、尽力による押し下げ機能を装着しなければならないということであった。

 

 この点検の経験は、基準類を鵜呑みにしてはいけないことに気づかされました。 なにがしかの基準があったとしても、その時代、その地域の水防習慣、人員配置、施設の重要性などを個別に考え抜いた設計を心がける大切さを実感しました。 また、何か問題が発生したら、これの原因を調査すれば、共通の課題を発見したという体験は、その後の問題対処姿勢に役立ちました。

 もう一つの教訓は、ゲートは工夫の余地がないと思われて機械屋さん任せが進んでいましたが、機械屋と電気屋と土木屋が十分議論し、そのうえで”機能要求仕様”は土木技術者が作成しなければならないということを思い知りました。マネージメント全般を担う土木の責任は重いのです。

 点検で分かった問題点の一部は、基準の改定などを実行しましたが、一過性でなく、常に現場の不都合を技術基準の改定につなげる仕組みが、運用されているのかが心配です。

 河川を管理する技術者は、自分が管理する諸施設 の能力を、常に自らが知っておくことが必要である。 事業予算が減少したこの機会は、すでに作り終えた河川管理施設の機能、性能の熟知に充てる格好の機会と 捉えたいものです。