昭和、平成時代の河川管理現場で体験したこと

見聞きしたこと、考えたこと、出来なかったことを伝えたい

流域は巨大な水質浄化施設

地上に降った雨は水蒸気となり、また地表、地下を流れて海にいたることはだれでも知っていることです。

しかし流域を流れ下る過程で植物を育て、地下を流れると岩石を溶かし、また人間の活動に役立て、その結果汚染された水を分解するなどの様々な作用と流下過程があることを、私は全く自覚しませんでした。水といえば毎日くみ上げる井戸水と川を流れる表流水だけが意識のすべてでした。 生物学や化学、地質学などの基礎的な勉強を全くしてこなかったことではありましたが、私には想像力がもともとなかったのです。
 こんな私が、人の社会活動の結果汚れた水が、部分的な下水道浄化施設という手段を超えて、流域への意識が表流水、地下水など3次元に広がり、質的にも、水質の分解変化などに意識が広がったのはもう50歳を超えた時期になってしまいました。

 1,水質を浄化する曝気付礫間接触酸化法との出会い、江戸川
 江戸川は、東京都の金町浄水場をはじめ、新三郷浄水場(埼玉県)、古ヶ崎浄水場、栗山浄水場(千葉県)の一都2県の浄水場上水道源水を供給し ている河川ですが、人口急増に下水道などの整備が追い付かず、多量の生活排水が流入したことと、地盤の低い地域で水が滞留することで、植物プランクトンの 異常発生などでかび臭も発生していました。
  このため、主な汚濁水の発生源河川である坂川を浄水場群の取水口下流にバイパスさせる計画を事業化し、平成4年(1992)7月に、江戸川工事事務所 に赴任した時には、計画はすでに作成済みで、バイパス工事がまさに始まろうとしていた時期に当たります。 この状況はこのホームページ「白い水、黒い水ー 上水道用水源水の取水場所

選択ー」で紹介しました。

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 古ヶ崎浄化施設全景ここでは、バイパス水路の入り口に設けた「古ヶ崎浄化施設」の話です。 バイパスさせようとする水 はいったん浄化する必要がありました。堤防の内側を流 れる河川をバイパス水路に使うためと、塩水を遮断している行徳可動堰の湛水範囲に再流入させる影響を緩和するためです。 古ヶ崎浄化施設は、水質を浄化す る「曝気付礫間接触酸化法」を活用した浄化施設でした。

 こ の施設は、高水敷の下に入っていますので、その存在は視認できません。 そのため第一浄化槽に地下観察室を作りました。 これにはもう一つの考えがありま した。 この後に説明する「流域という単位で、自然には浄化機能が備わっているのだ」ということの ショーウインドウになると考えたからです。
 ハイヒールで入れて、2時間をかけて分解が進む 状況が順次観察できます。  
この観察室を見学するためには、江戸川河川事務所に問い合わせしてみてください

浄化施設から続く高水敷を流れる水路は、もう松戸市民にとって見慣れた風景になった人工の小川です。
 
 このページの図は江戸川河川事務所発行のパンフレットを利用しています。


2, 曝気付礫間接触酸化法を利用した水質浄化施設は、砂利槽を2時間流れるだけで、薬品も使わず水質が浄化される
 私はそれまで、酸化分解という作用のことはよく知りませんでした。 硝化作用も含めて、この種の基礎知識がほとんどありませんでした。 浄化施 設の構造 とその効果予測を聞いたときは、そんなに短時間で、浄化ができるのかと驚きました。
 当時の江戸川工事事務所が発行したパンフレットには、浄化効果は以下のように紹介しています
      BOD 23mg/l   → 5.7mg/l
SS 24mg/l   → 9.1mg/l                  
アンモニア 7.6/lmg  → 2.2/l
2-MIB 0.55μg /l → 0.22μg /l ( 2-メチルイソボルネオールはかび臭の原因物質、水道用水での快適水質項目の目標値は、粉末活
性炭処理の場合 「0.02μg/リットル以下とされている)
分解説明図
 このパンフレットではmg/lで表していますが、環境基準などはppmで表示していますので相関が分かりにくいと思います。 mg/lは質量の単位で、 ppmは濃度の単位と性質は異なりますが、どうも10mg/lは10ppmと理解して差し支えなさそうです。 河川水質の環境基準では、A類型ではBOD は2ppm以下とされていましたので、当時の坂川は相当な汚濁だったことが分かります。 
 私は、坂川から流れ出た水が、どのように流れてゆくのかを観察したことがあります。 色の違う水は、まじりあうことなく、金町の取水塔を直撃していまし た。  水質のデータを見るとき、どのような位置で採取して、その場所と深さは前断面からみて、どのような特性を持つのかを検証しなければならないことを 知りました。

 ところでこれらの浄化槽では、酸化分解がおこなわれるに従って、次第に泥がたまります。 そこでは嫌気分解も行われているのではないかと想像しました。  
 酸化分解と嫌気分解があると教わった今でも、私が現象を確認したことではないため、自信を持てないまま、今に至っています。
 これらの作用の実感を持つためには、分解の状況を可視化したり、論文等で確かなものにしていただけ る研究者の出現を今も心待ちにしています。  
 
3、自然の浄化機能を流域全体で発揮させるためには
 河川管理者が設置したこの種の酸化分解施設は、昭和56年から58年にかけて建設した多摩川の野川合流点の野川浄化施設を手始めに、ーストワン を長く続けた綾瀬川、淀川など限られた場所に作られ、いまも稼動しています。 しかし現在では水質全体が改善されたこともあって、注目されることは少なく なりました。
 
 この仕組みを知った時に思ったことは、自然は流域全域で浄化機能が働く仕組みをもっているのだと 思ったことです。 それから少しづつ調べ始めました。 次第に分かってきたことは、酸化分解が活発に働くためには、分解に寄与する接触面が多いほど良いと いう簡単なことで、古ヶ崎の施設も気泡が沢山あるように加工した「じゃりっこ」という製品を使いました。 コンクリートの四角い水路を流れる流水では、接 触面が少ないので浄化効果は少なく、法面や川底が土砂や草が繁茂している水路は、接触面が大きいので、分解が盛んという実験レポートも見ました。

 脱窒そのような目で、 河川を見始めました。 速く流れるコンクリートの水路や、最近本川の河床が下がっている支川の合流地点では段落ち状態で合流している状態では浄化能力は劣 化したとか、やっぱり水深の浅い草が生えた土水路が良い、などと思うようになりました。
 また、アンモニアを分解するためには、貯留、滞留する場所が必要で、ここから地下へ浸透することによって、嫌気分解が行われ、「硝化」作用が働くことも 教わり、流水が滞留する自然が作り出した場所も、大切な空間だと思うようになりました。

 4、自然の状態での酸化分解や嫌気分解の程度が分かるか
 浄化槽という境界条件が設定できる装置の中では、途中の状態はともかく浄化効果は測定できますが、これが解放空間(つまり河川の中を流れる流 水)が、どの程度分解しているかに関しての論文は、株式会社日水コンの渡辺吉男さんに教えていただいたところでは、たった一つでした。 現在東京都 市大学教授の長岡裕先生が、1986年に「水質汚濁研究」で発表された「暦で構成された河床における生物的自浄作用」がそれですが、実験装置は極 めて小規模なものです。 

 下水道の浄化施設の出口までは多くの研究がなされているのに、なぜ、いったんフィールドに出ると、途端に研究が敬遠されているのかについては、思い当た ることがあります。 それは境界条件の問題と、実験結果が大がかりかつ長期にわたり、実験フィールドが洪水などで攪乱されるなど研究成果が得にくいのでは ないかと思うのです。 だからこそ、河川管理者の研究支援が必要と思うのです。 私は長岡先生のご指導を受けて、スポンサーを探して、これに取り組もうと していましたが、時間切れになり果たすことが出来ませんでした。
 
 自然の河川流路では、どのような分解作用がなされているのか、どんな形の水路 が、またどんな河床材料を通過したら浄化効果が多くなるのか、どのような場所で効果が大きいのか、日本全国にわたる大きな河川から小さい水路に至 るまで、浄化機能がどのように発揮されている状況は誰もわかりません。 これが分かれば、河川の修復時には、目標が立てられるし、事業化も道も開けます。

 水質測定は、点での限られた水質測定が行われていますが、これらを解明でき る連続した 測定はされていないのです。

5、自然の浄化機能を知り、それを河川の管理に生かす
 今、特に気になっているのは、河原が消えたことです。河原がなくなって、浅い平瀬の川が増えたのではないかと思っております。 土炭がむき出し の川も見られるようになりました。 

 河川の土砂収支(いくら流れ出して、いくらたまって、いくらが海へ流出したか)については、別項を設けて考えることとして、ひとまず終わります。 ここ では、もう貴重になった砂利や砂礫を意識し、それを水質浄化というテーマとどのようにマッチングさすのかということを考えたいと思うのです。 河川内の砂利層の浄化機能を意識した河川管理を考えたいのです。